読書メモ

・世界の歴史17 ヨーロッパ近世の開花
全体的には文句ないんだが、細かいところでは、ん?本当か?みたいなエピソードがあった。気になったのは、長篠の戦い(1575)での織田信長の業績がヨーロッパのブライテンフェルトの戦い(1631) に先んじて斉射戦術を行ったこと、みたいに書かれていたこと。まあ実際、戦国時代の日本とヨーロッパ近世の軍事技術の差は、絶望的なほどには開いていないことは確かだろうけど、グスタフ二世アドルフの戦術――いろいろ諸制度を改革しないとできないような三兵連合戦術と同じ業績とは信じがたいので、ちょっと調べてみることにした。すると、やはり間違いらしい。

細かいことは省くけど、織田信長の業績はカウンターマーチでも三段撃ちでもなく、スペインの将軍ゴンサロ・デ・コルドバの行ったチェリニョーラの戦い(1503)みたいな、野戦築城からの火縄銃による積極攻撃と比較されうる、というのが最新の見解みたいだ。だとすると先んじるどころか、70年ぐらい遅れてることになる。

そもそもオランダやらスウェーデンの横隊戦術の発展は、スペインの万能型密集方陣ルシオ対策が原点にあったはずだから、こういう背景のない日本に横隊斉射による火力の集中という概念が生まれることはないんじゃないか。騎馬への対策なら、野戦築城でじゅうぶん用を果たす。

世界初という名誉に浴さずとも、野戦において相当数の火縄銃を用意し、遮蔽物を利用しながら積極的に攻撃に活用するという戦術を、その当たり前がない遠く離れた日本で実現した織田信長という人物のすごさには変わりはない。

「斉射戦術」なんていう漠然とした記述だから、この著者はあんまり軍事史に詳しくないのだろうとは思う。あんまり身びいきがすぎる記述は疑いの目を持ってみよう、という教訓。

ただ火器対策は、西洋と同じような進化がここ日本でも似たような経緯で起こっていたことがわかったり(大坂の陣真田丸の戦いとかイタリア式築城術の発展と重なる)、なかなか有意義な調べ物となった。へんに世界で一番最初なんていうものにこだわる必要もなく、じゅうぶん世界に通じる工夫の才があるのだ。

ロジャー・ゼラズニイ「地獄のハイウェイ」
核戦争後の荒廃したアメリカは、「呪いの横丁」と呼ばれる魑魅魍魎うずまく地帯に分断されて2つの国に分かれている。核爆発で巻き上げられた塵が空に滞留し、時折土砂の雨を降らせることから航空機が全滅、核の電磁波によって通信機も全滅した世界である。あるとき東海岸の側の国にペストが発生し、このままでは住民が全滅する。西海岸には血清があるが、呪いの横丁を横断することに生きて成功したものはなく、ペスト発生の知らせを持ってきた男にしても直後に死亡している。この東海岸に血清を届けるという難事に挑むのは、元ヘルズ・エンジェルスのヘル・タナー。生粋のアウトローだが、彼がこれまで行ってきた悪事への赦免と引き換えに、この仕事を引き受けることになる。なにより、浅倉久志によるこなれた翻訳が素晴らしい。ハードボイルド調の語り口かと思いきや、リリカルな詩情あふれる文体をも駆使して、中編クラスながらも、独特の世界観を築きあげている。まあ、物語としてはわりかし単純なんだけども。