愛読書1 マーヴィン・ピークのゴーメンガースト三部作

タイタス・グローン―ゴーメンガースト三部作 1 (創元推理文庫 (534‐1)) ゴーメンガースト (創元推理文庫―ゴーメンガースト3部作) タイタス・アローン (創元推理文庫―ゴーメンガースト三部作)

マーヴィン・ピークゴーメンガースト三部作を、一年のうち何回か読み直している(タイタス・アローンはたまに、だが)。

ゴーメンガーストと呼ばれる迷宮じみた巨大な城は、年季の入った古臭い儀式と習慣によって維持されている。儀式の主催者である代々のゴーメンガースト伯爵はこの箱庭世界の文字通りの礎となって、もはや遠い昔に意味を失った儀式を、繰り返し繰り返し行う。あたかも巨大な歯車機械の一個の部品のように。

静かに軋み、ゆっくりと狂っていくここゴーメンガーストの世界に、二人のアウトサイダーが誕生する。それが逃走する若者タイタス。ゴーメンガーストの次代の伯爵として生まれるが、その運命を嫌がり、常にここから逃げ出すことばかりを考えている。

もうひとりは、苛烈なるマキャベリスト、スティアパイク。彼は逃げ出すのではなく、ゴーメンガーストに敢然と立ち向かう。しかし、その方法は非道な策謀によって、ゴーメンガーストを支配し、君臨しようとするもの。

このほか様々に奇矯な人物たちが登場する一大ファンタジー巨編だが、魔法のたぐいは一切出てこない。ゴーメンガースト自体が、ひとつの巨大な魔法なのだというほのめかしはあるが。

僕はこの作品を愛している、というよりも、このとてつもなく広いようでいて、実はとてつもなく狭いというゴーメンガーストの箱庭世界が、己の心象風景とピタリと符合するから、何度も読み込んでいるのだろうと思う。ある種の居心地の良さも感じるし、また、嫌で嫌でしょうがなく、どうしようもなく逃れたくもなるという、このかんじがとてつもなく馴染み深い。

この作品の中では、若者はスティアパイクのように苛烈なマキャベリストとなってこの箱庭世界を支配するか、それともタイタスのように逃走しようとするのか、いずれかの選択肢しか与えられていないように思う。古臭くて意味不明の因習と儀式に縛られた世界では、それを破壊するか、それとも逃げ出すのか、そうでなかったら気が狂うまでこの世界にとどまらねばならないのである。おそらく、それ以上の解答を探し求めて、ピークはタイタス・アローンを執筆したのだろう。残念ながら未完に終わったが。

僕は典型的な逃走するタイプだから、翻訳者が好きだという伯爵妃は恐怖の対象でしかない。ゴーメンガースト箱庭世界の中心、この世界を維持するための伝統と儀礼を象徴するのが、この太母的人物なのだ。かといって、これに権謀術数をもって戦いを挑むスティアパイクをヒーロー視する気にもなれない。BBC制作のドラマ版では少し違うが、原作のそれでは徹底して昆虫めいた不気味さがある。

BBCドラマ版では、もうひとつ、この原作に足りない要素を加えることによってスティアパイクを主人公たるべき人物としている。恋愛である。
戦うか逃げるかという岐路に立たされた若者の、もうひとつの選択肢は愛だ、というわけだ。もうひとつの逃走のかたち、とも言えるかもしれないが。

それにスティアパイク役のジョナサン・リース=マイヤーズは超絶美形で、これが最も原作と異なる点であり、恋愛方面が強化されるのも当然といえるだろう。とはいっても、原作からしてああだから、悲恋で終わることになる。原作との違いは、見て読んで、確認してほしい。

一方、タイタスは革命児として生まれてはいるが、結局、本物の敵対者(伯爵妃)とは戦わず、ゴーメンガーストから逃げ出してしまう。

これでは不十分であることはピーク自身も感じていたのだろう。タイタスはふたたびゴーメンガーストに戻ることになるだろうと伯爵妃は予言する。その後の物語は、アローンで描かれてはいるものの、未完成のためか、やはり消化不良。

ただ、このゴーメンガースト三部作を、僕の中で特別な位置を占めるまでにしている要素が、この未完成感であることは間違いない。ピークが物語の対称性を気にしてキレイな終わりかたをさせていたら、こんなに何回も読み込むことはなかっただろうと思う。一見、悪党のスティアパイクを倒して、ゴーメンガーストからも脱出して、めでたしめでたし風の終わり方と思いきや、実はタイタスも自分も、ゴーメンガーストの迷宮のより奥深くまで迷い込んでしまったのだ。アリアドネの糸は自分で探すしかない。




ちなみに僕のswelter(汗っかき)というハンドルネームは、この小説の登場人物からとられている。

肉切り包丁を片手にド派手な戦闘シーンを繰り広げる巨漢の料理人がスウェルターだ。べつに思い入れのあるキャラではないが、ドラマ版でこのシーンが完全再現されていて爆笑したおぼえがある。必見のシーンだ。

あ、そうそう。これまでの紹介だとえらくシリアスな物を予想させてしまうが、本編はディケンズ風のへんちくりんなユーモアが随所にちりばめられていて、すごく笑えるんだこれが。すさまじく長い文章のセンテンスにおびえないで、気楽に読んだらいいと思う。

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