愛読書2 ジャック・ヴァンス 魔王子シリーズ

ジャック・ヴァンスの魔王子シリーズを年に数回は読み直している。それほど好きな作品である……というよりもジャック・ヴァンスの日本での出版数が少ないから同じシリーズを読んで自分を満足させるしかないのだ。

ジャック・ヴァンスという人物は、たぶん前述のマーヴィン・ピークとは違って箱庭世界で自由自在に遊べる人物なのだろう。僕は正反対の作家像だと認識している。

主人公カース・ガーセンは、幼いころに魔王子と呼ばれる犯罪者の親玉的存在に家族や故郷を破壊され、それ以来復讐への思いを糧に、秘密結社的な究理院に入会し、殺人術を習得して、風俗習慣の違う様々な惑星を旅しながら、五人の魔王子を追うという、いかにも古典的スペオペな設定。

ところが、このプロットから受けるシリアスな印象とは違って軽妙で乾いたブラック・ユーモアが全編を支配している。特に後半の巻が秀逸だ。

復讐一辺倒でろくに女も知らない童貞だという設定だったカース・ガーセンも、物語が進むにつれてジェームズ・ボンドみたいに恋人をとっかえひっかえするスケコマシに変貌し、カース・ガーセンの安否にハラハラするというよりは、魔王子の安否にハラハラし、どのような死に花を咲かせてくれるのか期待するという有様。

これがまあ、おもしろいのなんの。大傑作なんです。この作家の特徴であるミステリ的な味付けに、文化人類学的な異世界描写、そして独特のユーモア感覚は、誰も真似できる人はいない。

未だに復刊されておらず、残念(僕が買った当時も絶版で、高い中古で買った)。今ちょこちょこと小品が翻訳されてはいるが、もっともっと再評価の進んで欲しい作家のひとりである。

とくにダン・シモンズハイペリオンシリーズで引き合いに出され、ひときわ有名になった終末期の赤い地球は、いろいろな作家に影響を与えただけあって、なんともカオスな魅力を発散している。

これ、ずっと昔に絶版になったはずなのに通販で在庫があって、なぜか新刊で買えたのもあって思い入れが深い。売れなかったんだろうな。ゲームのウィザードリィにも影響を与えたというのだから驚き。

異世界描写や魔法描写が楽しい実にヴァンスらしい一品。Tales of the Dying Earthとして、キューゲルサーガと一緒の本に収められているとか。たしか、ミステリ作家の殊能将之先生が個人ページで紹介してて、とっても楽しそうだった記憶がある。読みたいなー。

魔王子シリーズは絶版なのでおすすめのヴァンス本を。

20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻 (河出文庫)
)
傑作中編「月の蛾」が収められている。仮面と楽器を中心としたコミュニケーションを行う惑星シレーヌ。そこで繰り広げられる奇妙なすれ違い劇が楽しい一品。オチも見事に決まっている。

竜を駆る種族
竜を駆る種族 (ハヤカワ文庫SF)
ヴァンスといえばこれ。いろんな作家が真似したがるほど魅力がある。品種改良された生物兵器がバトルロイヤルを繰り広げる、というかんじのプロットであればこれの影響は避けられないし、読んでおくべきだろう。
ベイシックの襲来という危機に、一向にまとまりを見せる気配のない人間連中に、皮肉な結末が訪れる。最高です。

奇跡なす者たち
奇跡なす者たち (未来の文学)
まだ読んでない。読みたい! 題名がかっこいい。
追記:もう読んだ。最高だ。

追記:巨星墜つ。ジャック・ヴァンス逝去、享年96歳。目が見えなくなっても執筆態勢を整えていたというから相当パワフルな人物だったんだろうな。我が地元出身の、超一級ミステリ作家でありヴァンスのキューゲルサーガを実に楽しく紹介してくれていた殊能将之先生もご逝去されたというから、なんだか寂しい気分になる。