とりとめのない日常を記したごくふつうの日記

友人たちとともに、市内をそぞろ歩きながら、末法の世について語り合った。

「命は儚のうございますなぁ」

という言葉を機械的に吐き出した友人の視線の先には、猫の死骸があった。

自分はそれを見ながら、

「所詮この世は命の啖い合いさ」

と妖星伝風に言った。

妖星伝とは半村良先生のSF伝奇大長編そして大傑作である。

無惨にも内臓を食い散らかされている

一つの命を見たためだった。

しかしそれを聞いた友人は

「なんだとおまえ! さてはネガティヴウィルスに感染したな! 隔離しろ!」

と言った。

その途端、装甲車の巨体が猛スピードで突っ込んできて、

ブレーキとともにCDC(米国疾病管理センター)レベル4実験室から来たような防護スーツの人々が

わらわらと僕を囲んだ。

機銃掃射の如き爆音が通りに響くと同時、

地面に巨大で歪な影がよぎり、

はっと空中を見上げるとCH-47チヌーク(兵員輸送ヘリ)が

滞空したままこちらを睥睨していた。

いつの間に、

と思うひまもなく僕は抱えあげられ、

装甲車の中にほうりなげられた。

即座に白いビニール幕が僕を取り囲み、

あっという間に外界と遮断された。

もはや外の名残りといえば、

排気ガスの臭気のみだ。

コンピュータのビープ音が外の雑踏と取ってかわった。

 

あのヘリは友人たちをのせ、飛び立ったのだろう。

そして感染区域を浄化するため爆撃が行われるのだ。

いや、まて友人たちはどうなるのだろうか? 

奴等も感染しているはずだ。

そうだ感染してるにきまっている。

感染源の特定のため放たれた犬めらが! 

その体を生きたまま裂かれ地獄の魔焔に焼かれるがよい! うへらうへら 

 

そのころ、

ビックリテレビと書かれた札を掲げた男たちが、

陸軍から借りうけた装甲車から

ちょっと離れた所でほくそ笑んでいた。

「あいつ、びびりまくってたぜ」

「まさかドッキリだとはおもわんだろうな」

という会話がかわされた。

「ネガティヴウィルスなんてねーっつうの」

と、一人がこらえきれぬように吹き出す。

「い、いや、もしかしたら……」

もう一人が真剣な顔つきで喋り出す。

「本当にあったら、俺たち、ネガティヴになっちまうんだぜ……死んでも死に―――」

悲鳴があがった。

どうしたどうしたと男たちが振りかえると、

装甲車付近で頭をかかえこんでうずくまっている人々が見えた。

なにやらぶつぶつとつぶやいている。

「あの小石にけつまずいたら俺は死ぬんだ! 俺は死ぬんだ! うわぁぁぁ!」

ヘリから見ればその人々が、装甲車から同心円上に広がっている様子が見えただろう。

しかし操縦士はそれどころではなかった。

「俺がここで操作ミスをしたら、あたり一面火の海――――」

巨体をぐらつかせてCH-47チヌークはゆるゆると着陸をはじめた。

ところが斜めにバランスを崩して前後のタンデムローターが地面に接触し、

残らずプロペラが吹き飛んだ。

直方体型キャビンが真っ二つに折れる様子を

男たちが唖然と見守っている。

そして無形無音の衝撃波が彼らの鼓膜を破り、

炎が彼らの視界を覆った。

猫の死骸と同じ姿になった彼らは、

炎のおかげでカラスに身をついばまれることがないだけましだった。
完本 妖星伝〈1〉鬼道の巻・外道の巻 (ノン・ポシェット)